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まず魚清の歴史を書く前に
私の紹介と魚清に関わる人を紹介いたします。
| ■初代 |
岡本 清千(きよち) |
1925年生まれ(大正14年)
生粋の江戸っ子で最高のふぐの職人でした!
ふぐの 『ふぐの師範』 として表彰されました。 |
| ■大女将 |
岡本 政江(まさえ) |
1927年生まれ(昭和2年)
現役は引退していますが、存在感はいまだにすごい |
| ■二代目 |
岡本 力三(りきぞう) |
1954年生まれ(昭和28年)
毎日、築地に行き良質のふぐを仕入れています。
現在も築地での仕入れを統括。
さすが目利きは超一流。築地との信頼関係も強固
現在は、【浅草ふぐ料理組合】 組合長 |
| ■ 女将 |
岡本 雅子(まさこ) |
1954年生まれ(昭和28年)
優しい人。1階で皆に指示を出しています。 |
| ■三代目 |
岡本 恵市郎(けいいちろう) |
1978年生まれ(昭和53年)
家業を引き継ぎ、三代目を襲名
大学卒業後、そのまま魚清でふぐの修行へ。
一流のふぐ職人を目指し、全力で修行中! |
| ■若女将 |
岡本 直美(なおみ) |
1978年生まれ(昭和53年)
兵庫県三木市出身。
東京のヘアメイク事務所に就職したはずが
なぜか、三代目とご縁があり、三代目と結婚
関西方面の方 是非応援してやって下さい!
主に2階の座敷で一生懸命頑張ってくれています! |
このホームページを作らせて頂いているのが
三代目となる恵市郎です。私の妻(若女将)と共に
現在、ふぐ・女将の修行中です!小さい頃から身近に
ふぐを見てきましたが、実際に修行に入り
親父のすごさと、ふぐの奥の深さを痛感しております。 |
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戦後、すぐに祖父が祖母と共に
魚屋として始まりました。
その2〜3年後にふぐを売りはじめました。
当時は流通の関係でとらふぐは東京にはあまり
入ってきていなく、マフグやショウサイふぐが
主流でした。
ふぐは大衆鍋として約100円だったそうです。
その後、流通の整備などにより、
とらふぐが東京にも入るようになってきました。
ご来店された事のある方は
おわかりになると思いますが、
駅から遠く、
決して良い立地条件とは言えない中で、
五十七年にわたり、
お客様からご支持を頂いているのは
一代目・二代目の職人としての心と、
祖母やお袋のお客様へのおもてなしの心
ではないかと思います。
私達も、その心を持ち続け、
お客様から喜ばれる職人・女将に
なりたいと思っております。
ふぐの季節以外は、季節の旬の食材を使い
様々な料理でお客様からご好評いただいております。
また、定食もお客様から愛されております。
そして、10数年前に家を建て直し、
今のビルになりました。
(かなり簡単に書いてしまいましたが、
今後さらに深めていこうと思います) |